
論文要旨

ジストロフィンの欠損と筋ジストロフィー
筋細胞膜が力学的負荷、つまり外からの物理的刺激に対して弱くなる。その結果、力学的負荷によって筋細胞が壊死して、筋萎縮が引き起こされる(筋ジストロフィー)。
左図のようにジストロフィンは筋細胞膜と細胞骨格を形成するアクチンをつないでいるが、これがなくなると細胞膜を支えるものがなくなってしまい、外から力が加わると細胞が変形して死んでしまう。
エクササイズとデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)の関連性
DMDモデルマウス(mdxマウス)やヒトDMD患者に対するエクササイズの効果については、多く報告されているが、一貫した成果は未だない。
本研究におけるマウスへの運動強度
Moderate intensity exercise(中強度なエクササイズ): 1週間に3回、1回当たり4 m/分 で30分間の運動
Low intensity exercise(低強度のエクササイズ): 1週間に3回、1回当たり8 m/分 で30分間の運動
これら運動を6ヶ月間続けた。
mdxマウスへのエクササイズの効果
- ジストロフィン欠損による心筋や骨格筋の機能低下が改善した。
- 血清アディポネクチンの増加ならびに脂肪細胞の減少が観察された。
結論
これらの結果より、低強度・中強度のエクササイズによって DMDモデルマウス(mdxマウス)に見られる骨格筋機能、心筋機能、呼吸量の改善が見られ、その効果は中強度エクササイズの方が高かった。また、中強度エクササイズは脂肪細胞量を減少させ、血清アディポネクチン量が効果的なエクササイズのバイオマーカーとなりうることが示唆された。
エクササイズ(運動)と筋ジストロフィー
ジストロフィンについて
ジストロフィンについては以下の記事に軽くまとめてあります。
要旨にちらっと書いた通り、細胞膜を支える役割を持った大きなタンパク質です。これがなくなると、外からの力に細胞膜が耐え切れなくなり、細胞が死んでしまいます。
力学的負荷(メカニカルストレス)と筋肉
運動をすることは、筋や骨に良いというのは何となく分かるかと思います。これは筋や骨に力学的負荷が加わるからです。力学的負荷がなくなる、つまりベッドに寝たきり(骨折などの入院や老衰)になると筋肉が細くなり、リハビリせずに歩くことがなかなか困難になります。
力学的負荷は運動だけじゃなく重力などでも加わります。以前に重力がなくなると筋や骨が減り、または重力が2倍になると筋や骨が増えるという論文をまとめました。
これらのように、力学的負荷というのは筋骨格系に非常に重要な刺激となっています。
デュシェンヌ型筋ジストロフィーとエクササイズの関係
さて、デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)というのは小児から発症する遺伝子疾患であり、ジストロフィンが欠損することによって、筋肉が外からの力に耐えきれなくなり壊れてしまう病気です。これは骨格筋、つまり手や足などの筋肉だけでなく、心筋(心臓の筋肉)にも症状があらわれ、自発的に呼吸ができなくなってしまうこともあります。
デュシェンヌ型筋ジストロフィーの有効治療薬は、現在のところステロイド以外に選択肢がありません。近年は、以前まとめたエキソンスキップ治療薬や、またプロスタグランジン阻害薬などが治験に進んでおり、治療薬として承認を得られることが期待されています。
これまでに、男児DMD患者において有酸素運動が筋機能などの維持を改善するのではないか、という報告がされています。しかし、どの程度の有酸素運動が筋機能の改善に良いのかについては動物モデル実験でさらなる研究が必要です。
これまでにmdxマウス(DMDモデルマウス)にエクササイズをさせる実験について、以下のような報告があります。
- 高強度エクササイズはDMDの症状を悪化させ、低強度エクササイズはDMD症状を改善する。
- 高速の運動(12-23 m/分でダウンヒル・トレッドミル)を行うと、DMD症状は悪化する。
- 1週間に2回、12 m/分で30分運動すると、DMD症状が悪化する。
本研究では、以下の2種の異なるエクササイズを設定しました。筆者らは高強度エクササイズをトレッドミル 12 m/分としています。
- 中強度エクササイズ:トレッドミル 8 m/分
- 低強度エクササイズ:トレッドミル 4 m/分
これらエクササイズによって誘導される変化について、骨格筋、心筋、脂肪組織の解析を行いました。
実験結果
エクササイズによる骨格筋機能の改善
4~5ヵ月齢マウス(mdxマウス群、mdxマウス+低強度エクササイズ群 、mdxマウス+中強度エクササイズ群)に6ヶ月間、1週間に3回、1回当たり30分間、それぞれの強度のエクササイズをさせた。
筋機能の試験結果
mdxマウス | 低強度エクササイズ | 中強度エクササイズ | |
握力試験(Glip test) | 87 % | 147 % | 131 % |
強縮力(Tetanic Force) | 269 mN | 381 mN | 494 mN |
収縮力(Specific Force) | 0.2 mN/um2 | 0.4 mN/um2 | 0.46 mN/um2 |
握力試験は、エクササイズ前を100%としたときのエクササイズ開始6か月後の結果
収縮力は、筋肉の収縮力を筋断面積で割った値(筋単位面積当たりの収縮力)のこと
上表のように、筋機能については、エクササイズの強度依存的に増加することが明らかとなりました。
また、下記のようなエクササイズ効果も見られた。
- エクササイズ強度依存的に筋疲労が改善した。
- エクササイズ強度依存的にType 2a線維(やや遅筋寄りの速筋線維)量が増加した(下図B)。
- どちらのエクササイズでもPGC1α(有酸素運動のマーカー)発現が増加した(下図C)。※PGC1α:ミトコンドリア生合成や遅筋型遺伝子の発現を誘導する転写因子

なお、筋線維の大きさについては、エクササイズによる変化は見られませんでした。つまりエクササイズによって、筋肉が大きくはなりませんでしたが、筋肉の機能が改善したということです。
エクササイズによる呼吸機能の改善
mdxマウス | 低強度エクササイズ | 中強度エクササイズ | |
呼吸量 | -13 % | -5 %(8 %改善) | +44 %(57 %改善) |
吸気時間(吸う時間) | +7 % | -6 %(13 %改善) | +1 %(6 %改善) |
呼気時間(吐く時間) | +43 % | +13 %(30 %改善) | +13 %(30 %改善) |
表のパーセントは、エクササイズ前からエクササイズ6週間後の変化量を示す。
()内は、筋ジストロフィーと比較して、どれくらい改善したかを示す。
上表より、筋ジストロフィーだと呼吸機能が減少するが、エクササイズにより呼吸機能の改善が認められた。
エクササイズによる心筋機能の改善
- [拡張期] 左室拡張末期径(Left Ventricle Internal Diameter during Diastole; LVIDD)
- [拡張期] 左室後壁厚(Left Ventricle Posterior Wall Thickness; LVPWT)
- [収縮期] 左室内径短縮率(Fractional Shortening; FS)
- [収縮期] 拍出量(Stroke Volume: SV)
エクササイズ開始から2ヵ月毎に心筋機能に関する4つのパラメーター(上述)を解析したところ、強度依存的にLVIDDとLVPWTが減少し、FSとSVが増加していまし。これらは心筋機能が改善したことを示唆しています。
また、心臓の質量についてもエクササイズによって減少傾向(ただし、有意差はなし)、およびエクササイズによる心筋のPGC-1α発現の増加が認められました。
エクササイズによる筋損傷および筋線維化への影響
筋ジストロフィーモデルマウスの筋には、著しい損傷と線維化が認められます。
エクササイズによるこれらへの影響を確認したところ、筋損傷(下図A)や線維化、また血清クレアチンキナーゼ量(下図B)に変化はありませんでした。ちなみに筋損傷については、筋は損傷後に再生しますが、そのときに核が筋線維の中心にある中心核線維というものができます。これにより筋損傷(または筋再生)を評価します。

エクササイズによるアディポネクチンと脂肪組織への影響
健常な筋肉では、エクササイズ(有酸素運動)は血中、脂肪組織中どちらのアディポネクチン量も増加させます。アディポネクチンとは脂肪細胞が分泌する生理活性物質(アディポカイン)の1つで、脂肪燃焼作用があるといわれております(いわゆる痩せホルモン)。筋への作用も、筋へのグルコース取り込みを上げることや過剰すぎると筋萎縮を起こすのではないか、といったが報告されています。
エクササイズの強度依存的に、mdxマウスの血中および脂肪組織中のアディポネクチン量が増加することが分かりました。一方で、脂肪組織の断面積が減少(下図)しており、アディポネクチンとの逆相関がみられました。

エクササイズによる運動への影響

エクササイズ開始後4か月目および6か月目において、その日のエクササイズの前、その日のエクササイズ終了後1分での運動量(Activity Index)を調べたところ、エクササイズ強度依存的に運動量が増加していました。
またエクササイズ後5分間を1分ごとに追っていったところ、中強度エクササイズ群でのみ継続的な運動量の増加が認められました(左図C)。
結論
デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)患者の男児は7~12歳くらいで急速に筋力低下や筋萎縮が進みます。有酸素運動がDMDによる筋低下にどれほど効果があるのかはあまり明らかになっておりません。また、DMD患者における死亡原因は、心筋や肺機能の低下が主となっています。
本論文では、DMDモデルマウスにおいて、中強度のエクササイズが骨格筋だけでなく心筋の機能維持にも重要であることを明らかにしました。
現在、DMDの治療法としてアンチセンス核酸医薬を用いたエクソン・スキッピング薬が注目されており、いくつかのエクソン・スキッピング薬は治験を順調に進めております。
これら核酸医薬による治療と並行して、筋力や筋機能に加えて心筋や呼吸機能にも相加的な治療効果、またはDMD症状の緩和、に有酸素運動(中強度のエクササイズ)が有効であることが期待されます。
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